グラスが何段にも重なるシャンパンタワーをご覧になったことがあるでしょうか。一番上に注がれたシャンパンが照明を受けて淡く光り、泡をまといながら下へと流れていく様子は、見ているだけで心が緩むようです。私はこの美しい光景を「人生や仕事の在り方そのものだ」と師である質問家のマツダミヒロさんから教わりました。一番上に置かれたグラスは自分、そこから家族、職場の仲間、お客さま、そして地域へと続いていきます。けれど、自分のグラスが空のままであれば、どれほど周りを大切にしたいと願っても、流れ出すものはありません。まず自分を満たすことが、家庭でも仕事でも、すべての始まりになるのです。日本では、自分のことを後回しにする生き方が、どこか美しいものとして語られることがあります。「家族のために」「会社のために」という言葉は、確かに胸を打ちます。
しかし、心や体が疲れ切ってしまえば、優しさも気配りも発揮できなくなり、思いがすれ違ってしまいます。家庭でも、一日のどこかに心の余白があると、家族の表情やしぐさの小さな変化に気付けますが、余裕がないときには、ほんのささいなことが重荷に感じられることがあります。
職場でも同じです。ある地方の小売りチェーンでは、経営が厳しくなると「お客さま第一」を掲げるあまり社員の負担が膨らみ、退職が続き、サービスの質も下がってしまいました。逆に、別の企業は「まず社員を大切にする」と方向を変え、休暇制度を見直し、日常の声掛けを丁寧に重ねていきました。すると店の雰囲気が明るくなり、お客さまからの支持も自然と広がり、地域で「働きたい会社」と言われるようになりました。「大切にされている」と感じるとき、人は本来の力を発揮します。これは家庭でも職場でも変わりません。自分の心に少し余裕があるだけで、言葉の温度が変わり、まなざしが柔らかくなり、人との関係が穏やかに動き出します。窓から差し込む光がいつもより柔らかく感じられる朝があります。そんなときは、自分のグラスが少し満ちている証拠かもしれません。自分を満たすことは、決してわがままではありません。むしろ家族を守り、仲間を支え、地域へ温かさを広げていくための、静かで確かな準備です。
散歩する、好きな曲を聴く、深呼吸する、好きな本を読む―。ほんの小さな行動が一滴一滴となって積み重なり、やがて周囲へ静かな泡となって流れていきます。シャンパンタワーと同じように、心も一度に満たされるものではありません。少しずつ注ぎ続けることで人の愛が下へ下へと広がっていきます。
あなたのシャンパングラスは、どれくらい満たされていますか? 今日は何をして満たし、愛をあふれ出させましょうか?
(愛媛新聞「四季録」寄稿文より)