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僕、サラリーマンになれるかな?

小学5年生が、こんな夢を語りました。

「僕、お父さんのようにネクタイを締めて電車に乗って会社に行けるかな?」

この言葉は、親御さんに医師から余命が宣告されたその子が重い病との闘いに力尽きそうな時の言葉でした。私は関東に住んでいた頃、片道1時間45分の満員電車に揺られて通勤していました。そんな時、この言葉を思い出していました。私たちの何げない今日という日は、誰かが切実に望んだ明日なのかもしれません。

小中学生の自殺が増えていると聞きます。子どもは国の宝です。私たち大人には、何ができるのでしょうか? 新型コロナウイルス禍を経た私たちは、当たり前の生活がどれほど尊いかを思い知らされました。けれど現実には若者の自殺が増えていて、国の調査によれば10代、20代の死因の第1位は自殺です。先進国の中でも極めて異常な現象だそうで、未来を担う世代が希望を持てずに命を絶つ現実に胸が痛みます。

こんな詩歌があります。

「あのとき 飛び降りようと思った ビルの屋上に 今日、夕陽(ゆうひ)を見に上がる」(萩尾珠美・長野県)

「帰り路、生きる意味を考えた 答え出ぬまま、又(また)明日を生きる」(中学1年生男子)

たった数行の短歌や詩に、どれほどの葛藤と救いが込められていることでしょう。こんな子どもたちに、もし周囲の大人が「生きているだけで人生は素晴らしいんだよ」と声をかけていたら、別の未来のifが開けていたかもしれません。

人生(Life)は if に満ちています。日々の決断は無数の if から一つを選ぶこと。他の if を試すことはできません。私たちの人生を振り返れば、自覚して選んだことも、気付かぬうちに選んだこともあったでしょう。その全てが今の自分を形づくっていることに気付きます。進学や就職、結婚のような大きな選択だけでなく、日常の小さな決断にも意味がありました。朝のあいさつ、道端での会釈、孫にかける一言さえ未来を変える if になり得ます。

私は「人生では最適の時に最善のことが起きている」と信じています。そう信じることで、これまでの人生では、最適で最善の出来事が引き寄せられてきました。

幸せの条件でもある「人生は信頼に値するし、自分は社会に貢献できる」と思えたとき、他のifに囚(とら)われなくなります。

「人は現在の自分をありのままに受け入れたとき、初めて変化が可能になる」。心理学者アドラーの言葉です。

もし私たちがこれまでの自分の選択を肯定し、若い世代にそれを伝えられたなら、子や孫はきっと迷いの中で光を見つけるでしょう。

日常の小さな言葉が、彼らの未来を支える力になるのです。あなたにとって、望む明日とはどんな一日ですか? そして、どんな言葉を若い人に手渡したいですか?

(愛媛新聞「四季録」寄稿文)