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いつからでも

壮絶な過去を乗り越え、多くのメディアで紹介された栗原豊さん(82歳)をご存じですか? 波乱に満ちた彼の25歳から60歳までの服役は計7回、刑務所暮らしは20年に及びます。上半身には勇ましい入れ墨もしていて、両手の小指は過去の過ちを示すかのように欠損しています。長年にわたる薬物依存とアルコール依存という、深刻な病を抱えていました。どん底だった60歳の時には、釈放3日後に、耐えがたい孤独でまた酒に溺れ、銃刀法違反で再び留置場に収容される事態となりました。

その時に深く絶望した栗原さんが思ったのは、「もう、社会で自分の居る場所は無い。また刑務所に逆戻りするしかない」という諦めの言葉でした。しかし、そんな覚悟をしていた時に、担当検事さんから「起訴猶予にするから、一刻も早く回復支援センターに行け」と告げられ、これが社会から彼に与えられた初めての大きな許しとなりました。その後は、生まれ変わる決意で懸命に回復に取り組んだのです。回復後は、62歳で自らの体験を基に回復支援の施設を立ち上げ、目覚ましい大きな成果を上げて「依存症回復支援の最後の砦(とりで)」と呼ばれるまでに発展させ、これまで実に800人余りもの人々の人生を救い続けています。人は人との出会いによって人生を変えてゆくことができるのだと思います。

そして、ご本人は77歳で長年の念願だった定時制高校を卒業し、その一方で、長い間離れ離れになっていた娘さんとも感涙の再会を果たすことができました。現在、彼は茨城県に設立した「潮騒ジョブトレーニングセンター」の施設長を務めています。多くの仲間に希望を与える栗原さんの言葉を紹介します。「どんな過去を背負っていようと、一歩突き進んでいけば、必ず門戸は開かれるんだよ。これを何としても知らせてあげたい、誰にでも」「無理だからって何もしなけりゃ何も起きない。だから迷わずアクション起こそうよ」。この生きざまは、私たちに最も大切なことを教えてくれます。「人生は、いつからでも、どこからでも何度でもやり直すことができる」ってことを。今、私たちが本当にやり直したいことって何でしょう?

栗原さんは79歳の春から早稲田大学の通信制に入学されました。「失われた人生を取り戻す」と力強く仰っています。尽きることのない向上心と生命力に、ただ頭が下がるばかりです。しかし、なぜ担当検事は栗原さんを赦(ゆる)したのでしょう? この赦しがあって起きた人生のドラマです。私たちの日々の出会いで、これほどまでのことが起きる事ことは少ないでしょうが、誰かからの笑顔のあいさつや、ちょっとした優しい気遣いで人の心は救われます。私たちは、今日誰にどんな愛を笑顔で届けることができるでしょうか?

(愛媛新聞「四季録」寄稿文)