小島俊一公式サイト

トラック新法が突きつけた、出版界への最後通告――それでも私たちは「街の本屋」を残せるのか

トラック新法をご存知でしょうか?※詳しくはこちら (【緊急】文化通信社特別セミナーより)

「本屋が減っているのは、仕方がない」この言葉を、私たちは何度聞いてきたでしょうか。ネット書店が便利だから。電子書籍の時代だから。若者が本を読まなくなったから。けれど私は、そうした“分かりやすい理由”に、ずっと違和感を覚えてきました。

なぜなら、海外では本屋は減っていないからです。そして、日本でも「本を読む人」が激減した事実はありません。その違和感を言葉にしたのが、『2028年街から書店が消える日』プレジデント社そして翌年に出した『街の本屋は誰に殺されているのか?』フローラル出版でした。

私は一貫して、こう問い続けてきました。問題は需要ではない。問題は「制度」と「構造」だ。そして今、その問いに対して、出版界の外から、極めて明確な答えが突きつけられました。それが、冒頭のトラック新法です。この法律は、物流業界の人手不足対策として語られがちですが、本質はそこではありません。「安く、無理をさせて運ぶ」ことを前提とした社会構造を、国が制度として終わらせに来た。それが、この法律です。

日本の出版流通は、世界でも類を見ないほど精緻なものです。全国どこでも同じ価格で・売れ残った本は返品できる・発売日は全国一斉。そして、それを支えてきたのが、定時配送の雑誌のついでに書籍を一緒に運ぶという仕組みです。雑誌が大量に動くから、書籍も一緒に安く運べる。この前提があったからこそ、街の小さな本屋にも、毎日新刊が届いていました。

しかしその雑誌が、もう売れていません。日本の出版界の「薄利多売モデル」から雑誌が衰退して多売が消えて薄利だけが残った状態です。1996年をピークに、雑誌市場は約7割縮小しました。にもかかわらず、物流の仕組みだけは、「雑誌が売れていた時代」のまま残っています。

トラック新法が壊したのは「幻想」

トラック新法は、その“見て見ぬふり”を、制度として許さなくしました。・原価割れ運賃は不可・多重下請けは是正・荷主も責任を負う。これは、出版界に翻訳すれば、こういう意味になります。「これ以上、物流コストをどこかに押し付けることはできない」

取次が赤字をかぶる。書店のマージンを削る。運送会社に無理をさせる。そうやって延命してきた構造が、ついに制度の外側から断ち切られたのです。

取次は、もう選択を迫られている

取次に残された選択肢は、正直に言って2つしかありません。1つは、事業撤退。もう1つは、出版流通の構造そのものを変えること。ここで重要なのは、一度、既存の出版流通が崩壊したら、再構築はほぼ不可能という現実です。出版社が3,000社、書店が1万店以上、それぞれが個別に物流・金融・情報システムを持つ。そんな産業は、もはや「出版」ではなく、単なる分断された小売の集合体になってしまいます。

私がずっと言ってきたこと

私はこれまで、再販制度、委託制度、発売日協定――いわゆる「3つの聖域」に触れてきました。それは、壊したかったからではありません。守るために、変える必要があると考えてきたからです。しかし出版界は、「制度を守ること」と「業界を守ること」を、混同してきました。トラック新法は、その混同を、容赦なく暴いています。

それでも、夜明けはある

私は悲観論を書きたいわけではありません。むしろ逆です。ここまで追い込まれて、ようやく“変われる条件”が整ったそうも思っています。・段階的な価格転嫁・返品削減・発売日の見直し・マーケットイン型流通。どれも、昔から「分かっていた」ことです。できなかったのは、変えなくても回っているように見えたから。その幻想が、今、終わりました。

街の本屋は、まだ守れる

街の本屋が消えるかどうかは、もはや「時代の流れ」ではありません。選択の結果です。制度を守るのか。現場を守るのか。過去を守るのか。未来を守るのか。トラック新法は、出版界にこう問いかけています。

「それでも、何も変えませんか?」

私は、まだ間に合うと信じています。だから、書き続けています。