叱ることはリーダーに欠かせない役割です。しかし、怒鳴ったり人格を否定するような言葉をぶつければ、相手の心は閉じてしまい、改善どころか信頼関係を壊してしまいます。
パワハラと部下指導を分けるものは何でしょうか。それは「怒る」と「叱る」の違いです。「怒る」は自分の感情の発露にすぎません。一方で「叱る」は相手の成長を願って伝える行為です。
私自身、かつては典型的なパワハラ管理職でした。40代前半に金沢へ左遷出向されるまで、業績不振に苛立ち「なぜできないんだ」と感情をぶつけ、部下を萎縮させていました。
その後、産業カウンセラーの資格を取り、人の話に耳を傾ける「傾聴」を学び、さらにコーチングやNLPを学ぶことで、人との関わり方の本質を理解し、実践に移せるようになりました。
人は自分の話を聞いてくれる相手に心を開きます。そうして、信頼されると驚くような結果を出してゆくことを実感しました。この学び直しが、後に私が全身全霊を傾けて経営再建に挑んだ「明屋書店(はるやしょてん)」での業績V字回復につながっていったのです。
その中で出会ったのが「私は」を主語にする「Iメッセージ」です。相手を主語にして責める「Youメッセージ」ではなく、自分を主語にして感じたことを伝える方法です。
例えば「君の報告は遅い、やる気がないのか」では相手の人格さえも否定して攻撃する言葉になります。一方で「報告が遅いと、私は次の判断が遅れて困るんだ」と言えば、自分の困りごととして共有できます。責められた印象を与えずに、改善点を理解してもらいやすいのです。
具体的な手順はシンプルです。
①事実を述べる(報告が二日遅れた)
②自分の感情や影響を伝える(私は顧客対応が遅れて困った)
③解決策を自分で考えさせる(次はどうすればよいかを相手に発案させる)
④その解決策で私がサポートできることを考え、伝える(必要な支援をこちらから示す)
この四段階で伝えると、叱ることが押し付けではなく「一緒に解決するプロセス」へと変わります。相手の主体性を尊重しながら、上司は伴走者として関わることができるのです。部下は、あなたの道具ではなく、大切な仕事のパートナーです。
もちろん、相手が不満げな表情を見せることもあります。それでも少なくとも人格否定ではないため、関係性を壊さずに済みます。叱る側も自分の感情に振り回されず、冷静に対応できます。Iメッセージは職場だけでなく家庭や地域でも役立ちます。
「まだ帰ってこないの?何してるの!」と責めるのではなく、「帰りが遅いと、私は心配になるんだ」と伝えることで、同じ状況でも受け止め方は大きく変わります。
叱ることは勇気のいる行為です。しかし伝え方を工夫すれば、その勇気は「信頼されるリーダーの姿勢」に変わります。
イチローさんが言う「優しさという残酷」に陥らない為にも、パワハラと誤解されない叱り方が求められる今こそ、「私は」を主語にするIメッセージは大きな力を発揮します。
あなたが次に誰かを叱る場面に出会ったとき、ぜひ「You」ではなく「I」で始めてみてください。相手の反応の違いに、あなたは、きっと驚くことでしょう。