先日、中学生150人にお話しする機会がありました。
「20年後に何にでもなれるとしたら、何になりたいか?」のワークをして貰いました。
様々な答えを出してくれました。
お医者さん、ブリーダー、石油王、看護師。
ある中学生がなりたいと言ってくれたのは
「伊能忠敬になりたい」でした。
中年オヤジの私には、全く想像も出来ない発想です。
坂本龍馬とか、織田信長とかならともかく伊能忠敬ですから。
「どうして伊能忠敬になりたいと思うの?」
「最初に日本地図を作った人だから」
「君が伊能忠敬になる為には、何が必要ですか?」
「分度器」
「うん。分度器ね。他には?」
「定規」
、、、、、私の力不足で彼との会話は、ここで終了でした。
私にもっと柔らかな心があれば、
「どうして、分度器や定規なの?」と質問を重ねて天文学の話まで拡げることが出来ました。
何にでもなれる。と質問しながらも自分で自由な心でなかったかもしれません。
子どもたちの可能性を心から信じる。
そこに、僕らの社会の希望が眠っていますね。
子どもたちは、無限の可能性を持っています。